職場のメンタルヘルス対策最前線

先進企業の取り組みの紹介

「フェアマネジメント」が
喫緊の課題
田中克俊 先生
北里大学大学院
医療系研究科産業精神保健学 教授

当記事はインタビューの前編です。

Interviewer

  • 北里大学大学院
    医療系研究科産業精神保健学 教授
    田中 克俊 先生

「フェアマネジメント」が喫緊の課題

現在の産業保健における課題を教えてください。

田中

一つは、経営トップがメンタルヘルス対策の重要性を理解することです。企業の健康管理は、現場からのボトムアップでは難しい面があります。「企業は人なり」という言葉がありますが、人材を大切にしなければ生産性を損ないかねません。単に個人の健康問題ということでなく、メンタルヘルス対策が企業の利益に資するものだと、経営トップが理解することが必要です。

十分なメンタルヘルス対策を行わない場合、企業にはどのような不利益が考えられますか?

田中

業務上のストレス等が原因でメンタルヘルス不調に陥った従業員が、会社側を相手取り民事訴訟を起こす場合があります。企業には、「安全配慮義務」(従業員が安全に働けるよう、設備や環境、人的措置に配慮する法的義務)がありますが、裁判では、事業者の債務不履行が認められるケースが少なくありません。

1991年に起きた電通事件(24歳男性社員の過労自殺)では、事業者の安全配慮義務違反が認められ、同社が遺族に1億6800万円の賠償金を支払うことで結審しました。その後も同様の裁判が繰り返されていますが、こうした事案は、大幅な企業イメージのダウンにつながります。

なぜ訴訟に発展するのでしょうか?

田中

業務上の出来事により自殺や精神疾患に陥った場合には、通常、労災(労働者災害補償保険)の申請を行います。しかし、労災と認められても、労災補償では損害賠償を請求できないなどの制限があるため、十分ではないと感じる方も少なくありません。さらに、普段の会社側の対応や事後の対応に対して、ネガティブな感情を抱いている場合には、民事訴訟に訴える可能性が高まります。

人間のネガティブな感情には、大きく「不安」「抑うつ」「怒り」の3つがありますが、中でも怒りは自分が不公正な扱いを受け、理不尽な思いを抱くと湧き上がる強い感情です。普段は、訴訟など考えないような方が、訴訟に踏み切るのは、こうした怒りによる行動といえるでしょう。

最近は、過重労働よりも、ハラスメントを原因とする労災申請や民事訴訟が目立ちますが、これは、不公正で理不尽な扱いを受けたことによる怒りの結果と思われます。リスクマネジメントの立場からいうと、最近の職域メンタルヘルス活動では、疲労や不安、抑うつの低減だけでなく、従業員の怒りの予防やマネジメントも大事なポイントになってくると思われます。

従業員のネガティブな感情を増長させないように、企業側にできることはありますか?

田中

「フェアマネジメント(組織公正性)」という考え方があります。これは、組織心理学をベースにした考えです。欧米では、これまで、組織全体のストレスを軽減させるために、リーダーシップのあり方、職場風土、人事制度の工夫など、さまざまなことが提唱されていますが、1990年以降はフェアマネジメントが最も大事な概念だといわれています。

これまでの研究で、「自分は組織内で公正に扱われている」「自分の上司は公正だ」という認識がもてていると、何かネガティブなことが発生しても「まあ仕方ない」という認知が生じやすく、安易に怒りに転嫁しないことが示されています。逆に「私は公正・公平に扱われていない」という認識があると、いろいろなことに対して理不尽さを感じやすくなり、メンタルヘルス不調や職場内トラブル、離職等のリスクを高めると考えられています。

具体的に、どのようなことをするのでしょうか?

田中

フェアマネジメントの構成要素には「分配の公正」「手続きの公正」「情報の公正」「対人関係の公正」がありますが、例えば、管理職を対象としたグループディスカッション等でこれらの公正性に関する課題をあげ、それに対する具体的な方策について、問題解決技法のステップを踏みながら皆で検討します。我々もこれまで多くの職場で介入研究を行ってきましたが、フェアマネジメントをテーマにしたマネジメント研修は、これまでやったことがない物珍しさもあって、非常に活発なディスカッションが行われ、毎回思った以上に数多くの具体的なアイデアや改善策が出されています。