職場のメンタルヘルス対策最前線

先進企業の取り組みの紹介

「フェアマネジメント」が
喫緊の課題
田中克俊 先生
北里大学大学院
医療系研究科産業精神保健学 教授

当記事はインタビューの後編です。前編はこちら

Interviewer

  • 北里大学大学院
    医療系研究科産業精神保健学 教授
    田中 克俊 先生

努力に見合った「心理的報酬」と「キャリア的報酬」をどう与えるか

メンタルヘルス不調で休職に至る人は、どのような疾患が多いのでしょうか?

田中

「うつ病」の診断がついて休職する人が多いのですが、実際には「適応障害」と考えられるケースが少なくありません。適応障害は、ある特定のストレス(出来事や状況)が原因で抑うつや不安などの症状が現れる障害ですが、うつ病ほど重篤ではありません。しかし、適応障害の状態がそのまま長く続いてしまうと、うつ病に進展する場合があります。

ストレスが多いと、やはり多くの人は適応障害になってしまうのでしょうか?

田中

そうとは限りません。同じストレスに暴露されても、健康障害を起こす人と起こさない人がいます。それは、その人の性格とかだけでなく、職場環境や仕事や会社に対する考えにも大きく左右されます。

多くの場合、自分の「努力」に見合った「報酬」が与えられていれば、それほどストレスは高じず、適応障害のリスクは高くならないのですが、努力に比べて報酬が少ない場合には、何らかの健康障害のリスクが高まってしまいます。

ここでいう報酬はとは給料やボーナスといった経済的報酬だけでなく、「心理的報酬」や「キャリア的報酬」も含まれることに注意が必要です。これまでの研究で、適応障害をはじめストレス関連疾患の発症には、経済的報酬よりも心理的報酬やキャリア的報酬の方がより大きな影響をもつことが多いと報告されています。

心理的報酬について詳しく教えてください。

田中

心理的報酬には、様々なものが含まれます。お金よりもねぎらいの言葉や職場でのコミュニケーションの方が仕事ストレスを緩和させると感じる方も多いでしょう。

心理的報酬の中でも一番大事なものは、従業員が一人の大人の人間として尊重されているという実感です。自分がいることを職場が認め、仲間として受け入れ尊重してくれているという実感は、従業員のストレス耐性を高めてくれます。そのための基本は挨拶です。「おはよう」「お疲れ様」「ありがとう」などの挨拶や、言葉掛けの乏しい職場で頑張り続けることは思ったより難しいことです。

もう一つのキャリア的報酬とは、どのようなものでしょうか?

田中

キャリア的報酬というと、仕事上のステップアップをイメージするかもしれませんが、皆がステップアップだけを希望しているわけではありません。最も大事なことは、その人が希望するキャリアデザインを会社が後押しすることです。

例えば、「管理業務は苦手なので、一技術者としてもっと極めたい」という人がいたら、その専門性を公正に評価し、適切に処遇・育成することがその人にとっての大きなキャリア的報酬となります。従業員を会社のコマのように扱うのではなく、可能な限り従業員自身がキャリアを選択できるような準備をしてあげられれば理想的と思います。

メンタルヘルス不調の原因は長時間労働よりも、自分で選択できないことの影響が大きいと聞きます。

田中

少ない業務量であっても、やらされ仕事は精神的負担となります。一方で、自分の裁量が認められた仕事では、多少負担が大きくてもそれほど悪性のストレスにはなりません。ストレスマネジメントのためには、要求度が上がれば上がるほど裁量権を大きくしておくことが原則です。もちろん、そう簡単に裁量を拡げることはできないでしょうが、せめて、自分が業務上のdecision makingに関わっているという認識を得られるようにしておくことが大事でしょう。

昨今、障害者雇用が盛んになっていますが、「障害者は弱いから」「きっと無理だから」などといって一方的に仕事内容を決めるというケースがよくあります。しかし、これでは上手くいきません。障害があっても、本人が何をしたいか、何かできるかを一緒に話し合って、できる限り労働者自身の裁量権を拡げる工夫をすることが大事だと思います。

最後に、従業員が自分のメンタルヘルスを守るために、どのようにセルフケアをしたらよいでしょうか?

田中

基本は食事と睡眠です。米国では、ホワイトカラーの生産性(覚醒レベル)を上げるためによく眠ることが大事だということを、全国的な活動(Wake Up America)を通じて啓発しています。

個人の至適睡眠時間を推定するのは意外と難しいのですが、疫学的には、睡眠が6時間未満になると病気になるリスクが上がる人が多くなり、5時間未満だと明らかにリスクが高いことがわかっています。まずはゆっくり寝る時間と食べる時間を確保した上で、仕事や余暇の時間を決めることが大事だと思います。